全国都市問題会議報告「健康づくりとまちづくり~市民の一生に寄り添う都市政策~」
全国都市問題会議は全国市長会等が主催する会議で、全国から市長・地方議員・自治体職員が集まり、テーマに沿った議論を行います。
今年のテーマは「健康づくりとまちづくり~市民の一生に寄り添う都市政策~」。
健康は一個人のものですが、政策やまちの在り方に影響を受けています。また、まちそのものも健康であることが大切です。
福生市ではどのように生かせるのか考えていきます。
第86回全国都市問題会議報告
1、会議日程 令和6年10月17日(木)から18日(金)
2、会場 兵庫県姫路市 アクリエ姫路(姫路市文化コンベンションセンター)
3、主催 全国市長会、(公財)後藤・安田記念東京都市研究所、(公財)日本都市センター、姫路市
4、協賛(公財)全国市長会館
5、テーマ
健康づくりとまちづくり
~市民の一生に寄り添う都市政策~
人口減少や少子高齢化の急速な進行に伴い、社会の担い手不足が深刻化、社会制度についても負担増が懸念されている。こうした状況の中、生活習慣病による健康リスクの改善や健康寿命の延伸等、住民への健康づくりへの支援が課題となっている。
市民の一生に寄り添う都市政策としての「健康づくり」を進めるために、自治体には地域の事情や時代の変化を踏まえた取組が求められる。今回の会議では、ライフステージに応じた健康づくりやデジタル技術を生かした取組の報告等から、「健康づくり」政策の実施に向けて自治体が果たすべき役割や課題について考察を深める。
第1日目 10月17日(木)
- 基調講演
生命を捉えなおす―動的平衡の視点から―
生物学者・青山学院大学教授 福岡伸一
生命とは、手、足、胴体、頭、各臓器などの部品が組み合わさってできたプラモデルのようなものであるという見方は、機械論的生命観と言ってもよい。壊れたら取りかえればいいし、古いところは新しくすればいい。しかし、体の1つ部品が壊れると機能しないと考えられていたがそうではなかった。機械論的メカニズムや「要素」還元主義的に考えすぎると、全体が見えなくなる。動的平衡の視点で考えるべきである。
動的平衡とは、つくることより壊すことを優先し、変わらないために変わり続ける、分解と合成の絶え間ない均衡である。食物を食べると、食べたもので細胞が入れ替わる。物質やエネルギーが流れ込んで、合成と分化を繰り返す。なぜ、入れ替わっているのにアイデンティティが保たれるのか。相補性(利他性)が保たれているので、全体は変われない。なぜ、壊し続けるのか。生命現象は、あらかじめ壊されることを予定しているが、物質の下る坂を上ろうとする努力がある。「エントロピー増大の法則」に抗しているからである。
環境全体も、そうであると言える。生態系の中にも相補性(利他性)が保たれている。まちや都市も同じように、エントロピーが増大しないように先回りしていかなくてはならないと考えられるのではないか。
- 主報告
市民の「LIFE」(命・くらし・一生)を守り支える姫路の健康づくりとまちづくり
兵庫県姫路市長 清元 秀泰
あらゆる人が、一人ひとりの状況に応じた多様な社会参加ができる環境整備をすすめることが必要であり、その前提となるのが心身の「健康」である。また、健康寿命を延伸させることが重要である。
市の取組である「市民による主体的な介護予防の促進」では、「通いの場」への参加を促進し、「いきいき百歳体操」や軽度認知症予防のためのチェックリストによるセルフチェック、認知課題と体操を組み合わせた「コグニサイズ」等を実施している。また、生活習慣病についての知識の啓発、地域スポーツの推進、AMR(薬剤耐性)対策の推進にも取り組んでいる。「ウォーカブルなまちづくり」では、歩行者利便増進道路制度「ほこみち」制度を活用し、「歩きたくなるまちなか」の形成に取り組んでいる。「ICTを活用した健康づくり」では、マイナンバーカードを活用した救急業務の迅速化・円滑化、「ひめじポイント」を活用した健康づくりを行っている。
ライフステージにあわせた健康づくりを幼少期から継続的に支援していくことが重要である。こどもの未来健康支援センター「みらいえ」を思春期保健と母子保健の包括的な支援拠点として開設。未来を担う子どもたちの健やかな成長を支援している。
市民自らが健康増進に資する活動へ積極的に参画し、日々の生活の中で自然と健康になれるような社会環境を構築していくことが重要である。誰もが健やかに生き生きと暮らせる街の実現を目指したい。
- 一般報告
生き物から学ぶ健康なまちづくり
筑波大学システム情報系教授 谷口 守
生き物は、都市とよく似ていると考えられる。建物だけでなく、人とコミュニティも含めて都市である。生物模倣学(バイオミメティクス)は、さまざまな分野で取り入れられているが、都市計画分野では遅れていると言える。生き物から学ぶという姿勢が極めて重要である。
都市は生き物と同様に、「成長」「新陳代謝」「怪我」「生活習慣病」にもなる。また、「老化」・「再生」し、「多様性」が大切であり、「共生」や「寄生」もある。「性別」「ゾンビ化」「進化」「絶滅」もある。健康なまちづくりを「生き物まちづくり」の視点で考える。
循環不全は、自治体それぞれに計画しているため、人の生活圏で考えたときにネットワークが途切れている症状。肥満は、人口減少に合わせたサイズになっていない症状。骨粗しょう症は、空き家や空き地、空き店舗等が増え、必要なサービスが受けられない症状。がんは、老朽化した中層住宅をタワー型マンション等に建て替えることで、ピンポイントで肥大化し、見た目だけで健康かどうか判断しにくい症状。
現在の「競争」して儲かるまちづくりから、周囲と「協調」しながら都市構造の体質改善を図っていくことこそが、自治体に求められている健康なまちづくりの本質である。
- 一般報告
都市そのものを健康にするまちづくり~ストレスを軽減し、リフレッシュできるまちへ~
千葉県流山市長 井崎 義治
WHOが提唱する「健康都市」という考え方は、市が目指す都市像実現の推進力になると考える。市が推進するすべての政策に「健康」を考慮することで、市民のストレスを軽減し、リフレッシュできる環境を創ることになると言える。
目指す都市イメージを「都心から一番近い森」とし、定住人口増加策として「共働き子育て世代に向けた対策」と交流人口の増加を目指す。
環境価値・景観価値を高める「グリーンチェーン制度と認定制度」を導入し、健康的な都市環境と、市民のウェルビーイングを向上させることができた。人口構成にも変化が見られ、特殊出生率が上昇した。保育所が不足する事態となったが、市雇用の心理士を配置し、令和6年度から保育所の定員を増やし対応した。
市民のウェルビーイングを実現することが市民の健康と幸せにつながる。
- 一般報告
IT/AIの健康分野への適用例~姫路市の健診データ分析と歌唱による誤嚥予防~
兵庫県立大学副学長 畑 豊
健診データの評価を、基準値により理解することはできるが、地域や市ごとに総合的な判断をすることは難しい。そこで、ファジィ論理に基づいた健康結果の評価の評価手法を用いると、その地域の健康特性を表すことができ、都市間、地域間の特性の違いを分析するのにも有効となる。
嚥下機能評価のスクリーニングとして、最も簡便な方法はRSSTである。これは、言語聴覚士が、被験者の喉仏・舌骨に人差し指と中指の腹を軽くあてた状態で30秒間唾を飲み込む様子を確認し、その回数を計測する。その回数がRSST値である。日常的にコーラス等で歌唱を行っている歌唱者とそうでない非歌唱者を比較した場合、RSSTにおいて歌唱者は非歌唱者より統計的に有効であったことから、歌唱が嚥下機能に効果的であることが示された。
2つのトピックに関しては、「健康づくりとまちづくり」のエビデンスを得るための重要な指針であると考える。ファジィ値は健康に関するモチベーションを高める。嚥下機能維持のための歌唱は、市民の一生に寄り添う取組となるであろう。
第2日目 10月18日(金)
●パネルディスカッション
テーマ・健康づくりによるまちづくり
☆コーディネーター 中央大学法学部教授 宮本 太郎
健康は個人の問題と思われていたが、自治体のパフォーマンスで変わるという考えが、コロナ禍を経て広がり、自治体ごとの違いが明確になった。地域が、持続可能になっていくためには、「支える側」と「支えられる側」を分けることなく、老若男女を問わず「元気人口」を増やしていくことが課題である。
病気と健康の二分だけでなく、「未病」という言葉が注目されていたり、知的障がいと認定されずに公的な支援が受けられず学校や職場で困難に直面している人の存在や認知症の存在など、若さ、老い、障がいの中間的ゾーンが膨らんでいる。
ライフサイクルを通してのケアや薬では治らない症状に場を処方する「ポピュレーション・アプローチ」、デジタルを活用した医療・ケア連携など、健康づくりからまちづくりと市民参加について議論を深める。
☆高岡病院児童精神科医 三木 崇弘
「心理社会面からみた子どもの健康」
子どもに対して、身体のケアから心のケアへと重要度が変化してきている。健康とは、ウェルビーイングな状態である。「身体的健康」の次にフォーカスしていくべきは「人の関係性や暮らし」における「心理行動面の問題」ではないか。
子どもたちを診察していると「完璧主義」と「ネガティブな自己表現の苦手さ」を感じる。子どもの成長に必要な、いわゆる「不適切な行動や表現」が許容されにくい社会があるからではないかと考える。
大人も子どもも安心して暮らすまちにするためには、「心理的安全性」が必要である。コミュニティづくりや安心感づくりは、簡単にできることではないが、例えば「子育て支援が充実している自治体」というイメージは、安心感につながる。住民が自分たちで健康になる行動がとれ、それがうまくいかない時には制度を頼ってもらうことを目指している。環境や制度の要因でしんどくなってしまう人が増え続ける構造は不健全と言わざるを得ない。
これからは、人と人との関係性やそれに伴う相互作用が身体や心理、社会行動の与える影響を考えていく時代なのかもしれない。そうしたまちが、子どもたちを癒していくのではないか。
☆NPO法人日本栄養パトネット理事長 奥村 圭子
「食を切り口とした1人1人の望む暮らしを支援する栄養パトロール事業」
「高齢者の保健事業と介護予防の一体的な実施」のモデル事業を三重県津市と愛知県大府市で行った。栄養パトロールの目的は、健康寿命を延伸することで医療依存度を高めないようにすることである。
栄養パトロールを始める前に、対象者(医療も介護も受けていない75歳以上の高齢者)に低栄養やフレイル、食欲を評価できるアンケートを行い、栄養パトローラーが回収した。栄養の摂れていないハイリスク者の存在が明らかになった。アンケート回収で顔見知りとなった栄養パトローラーが担当し、ハイリスク者に対し、夢や希望をゆっくり聞くことを大切にしながら、栄養介入し、寄り添った支援をする。
山梨県山梨市での栄養パトロールは、「重層的支援体制整備事業」として行っている。フォローアップが必要な方の情報を、支援方法を検討・確認するコネクト会議で共有。関係する複数の課が参画しているため、多角的な視点で共有できる。子どもから高齢者まで幅広く実施する山梨市栄養パトロールは、例えば18歳以下で、肥満や孤食の場合や活動量が少ない子どもは、心のケアが必要な場合がある。
栄養パトロールは、地域の特性に応じて食環境を評価し、個々の健康課題を見つけると同時にSOSを察することを目指している。今後も多くの自治体と連携し、1人1人の望む暮らしを食で支援していきたい。
☆長野県茅野市長 今井 敦
「未来型『ゆい』で紡ぐ健康高原都市・茅野の構築」
「若者に選ばれるまち」実現に向けた横断的施策として「暮らしやすい未来都市・茅野の構築」を掲げている。その具体的な取り組み例として、日々の生活の中で自然に健康になれるような予防医療の仕組みや、さまざまな人がいつでも行きたい場所に行ける交通システムなどの構築があげられる。こうした取組を推進し、新たな技術が地域内に持ち込まれることにより、若者が魅力を感じる付加価値の高い産業と雇用が創出されることが「若者に選ばれるまち」実現の大きな力になると考えた。思い切った取り組みを展開すべく国家戦略特区である「スーパーシティ構想」にエントリーした。
市の歴史的背景や地域性と親和性の高い「健康」をテーマに据え、地域で古くから息づいてきた、地縁や血縁などに基づく、多くの人の手により支えあい、助け合いの「結(ゆい)」に焦点を当てた。
「デジタル田園健康特区」により、地域包括ケアシステムのバージョンアップ、市が主体となり展開する「小児オンライン相談サービス」、タクシーや貨客混載による医薬品の効率的な配送などを実施。高齢者はサービス提供者の利便性、子育て世代には利用者の安心を重視し、医療費の軽減や職員の負担の軽減にもつながった。こうした取組は、広域連携でやる必要がある。
令和6年元日に能登半島地震があり、市民力・地域力・行政力は大事だと痛感したが、これからのまちづくりにおいて新しい時代に対応した「ゆい」の創造が重要であると改めて感じた。「人の健康」が「まちの健康」につながるという考え方は、まちづくり指針に息づいていると考えている。
☆大阪府泉大津市長 南出 賢一
「『未病予防対策先進都市』を目指した『官民連携』『市民共創』のまちづくり」
人やまちの免疫力を高めるまちづくり「アビリティタウン構想」を掲げ、健康、環境、教育の分野を中心に課題本質にアプローチする取組を推進している。また、便利になりすぎて退化したものを取り戻していくための取組をしていく。
健康づくりの分野において、課題の本質にアプローチした取組を推進している。市民のヘルスリテラシー向上と市民一人ひとりが自分に合った健康づくりに主体的に取り組む機運の醸成が必要であることから「泉大津市健康づくり推進条例」を制定、市の責務として「健康状態の見える化」「学びの場の充実」「食育の推進」「多様な選択肢の提供」の4つを中心に取り組んでいる。「学びの場の充実」では、新型コロナウイルス感染症への対策や同ワクチンに関する情報について発信し、市民が学び、判断できるようにしてきた。「食育の推進」では、子どもの1食は大人のそれよりも重要であると考え、小中学校の給食の米を有機米や特別栽培米を金芽米加工(ビタミンBや食物繊維等の栄養素を白米よりも多く含む精米方法)にして提供している。マーガリンやショートニングを使ったものは提供していない。
新型コロナウイルス後遺症や同ワクチン接種後の副反応に苦しんでいる人をサポートするプログラムを実施。医師立会いのもと、症状に応じて高濃度水素吸入や医学的ヨーガ、鍼灸や整体コンディショニングなどの統合的なアプローチで自己治癒力を取り戻すことで症状の改善をサポートしており、市内外からの相談や参加が後を絶たない。
人間は自然の一部であることを大前提に、健康とは何かと考えると、現代医療以外の選択肢や、食と食を育む自然の大切さに考えが行き着く。あらゆる分野において、課題の本質にアプローチする取組が求められている。市民のQOLや幸福度の向上と、未来の指針となる取り組みを育んでいく。
所感
「健康づくりとまちづくり」というテーマは、どの年代、どの属性の人にとっても共通の大きなテーマであると考える。会議の中で、健康は一個人の問題であるが、「そのまちで暮らすと健康になる」、また、「まち自体が健康であるためには」という幅広い視点で議論された。
基調講演での「動的平衡」という考え方は、実に不思議で難しい内容であったが、人間が代謝を繰り返し、物質的には変わっていっているにもかかわらず、アイデンティティが保たれている不思議さに気づかされ、驚かされた。また、まちづくりもそういった視点で考えると、変化し続けてもそのまちの伝統や文化が継承されていくことが大切で、それこそが健康的なまちなのではないかと感じた。
姫路市の、ライフステージにあわせた健康づくりを幼少期から継続的に支援していくための、こどもの未来健康支援センター「みらいえ」は、思春期保健と母子保健の包括的な支援拠点として開設され、未来を担う子どもたちの健やかな成長を支援しているとのことであった。思春期保健は、大変難しいテーマで、取り組むことが難しいと考えていた。今後も注目していきたい。
グリーンチェーン制度と認定制度では、緑を重視したまちにすることで、市民のストレス緩和やウェルビーイングを向上させようという取り組みだ。全国的にグリーンインフラの整備が注目され、進められようとしている中で、この考え方は大変参考になった。
パネルディスカッションでの児童精神科医の報告では、子どもたちの体の健康への注目から心の健康へと注目すべき点が変化してきているとのことであった。ネガティブな表現が苦手になり、他人の評価を気にしながらの生活は、大人であっても苦しいものだが、SNS等の活用が進んだ現代社会の課題として、また、コロナ禍で直接的なコミュニケーションをとることができなかったことが影響しているのではないかとのことであった。実質的な調査はないが、児童精神科医が実感として話されたことは、自分が感じていることと近いものがあるのではないか。ただ、子どもや保護者の安心感として、自治体が子育てや子どもへの支援を積極的に行っていることが伝わると、安心感につながるのではないかとのことであった。そうした視点で、施策をチェックしていくことが有効であると感じた。
泉大津市の食を通じた健康施策と新型コロナウイルス感染症後遺症と同ワクチン後遺症に対する積極的な改善プログラムを自治体として取り入れているとのことで注目していた。実際にその報告を聞くことができて、学ぶところが大変多くあった。自治体が、食に対してどのように考え施策に盛り込んでいくのか、市民にどのように広げていくのかという点で、とても勉強になった。
今回の会議では、栄養パトロールや薬では治らない居場所の処方、住むと健康になるまちなど、人とのかかわりを促したり、居場所を創ったり、癒される景観だったり、まちづくりと健康について深く考える機会となった。今後の活動に活かしていきたい。